2007年07月01日

徳川家康・松平広忠

1549年、松平八代広忠(家康の父)が岡崎城内で殺された。
そのなきがらを密葬したのがこの地であったといわれている。
家康は、1560年、桶狭間の戦いの後、岡崎城主となり、
父のために墓の近くに寺を建てた。
自分の植えた松が念願どおり茂ったこと、
人質の身から独立し、三河の地に再び帰れたことを喜び、
寺を松応寺(岡崎市松本町)と名付けたと伝えられる。
posted by 楽苦我喜歴史館・館長 at 06:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする