2007年07月06日

松平久子・徳川・明智・坂本竜馬

松平久子の子(父は鈴木重直)は、遠山利景に嫁いでいる。
利景の兄は、明智光秀の娘婿の明智左馬之助光春(秀満)である。
伝えによれば、明智左馬之助光春(秀満)の妾腹の子、
太郎五郎が、近江国坂本城が落城したため、土佐にのがれ、
坂本城の地名、坂本姓を名乗って帰農した後に四代目が
酒造業に転じた。やがて町人郷士となった。
むろんこの種の家系伝説というのはほとんど付会説か作りばなしが
多いのですが、坂本家の紋が光秀の桔梗紋を継いでいることを思と、坂本家ではたてまえとしては左馬助の子孫を称していたことを思うと不思議でならないし、左馬助の子孫を称していたことをある面スゴイと思う。
posted by 楽苦我喜歴史館・館長 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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Excerpt: 1571年(元亀2年)の織田信長による比叡山の焼き討ちのあと、光秀が近江国滋賀郡を与えられ築城した。本能寺の変後、坂本城は山崎の戦いの敗戦を知った明智秀満が安土城から移ってきたが、豊臣秀吉|羽柴秀吉軍..
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Tracked: 2007-08-13 19:55